2016年9月27日 (火)

持たない(2249)

身軽が一番です。
動きやすい上に、長時間の移動にも
不自由なく、過ごせます。

両手が空いていますので、
物を持ったり、バランスを保つことが
容易にできます。

人の一生も同じです。
身軽で居ることで、どのような場面でも、
どのような試練であっても、
対応が楽に、スムーズになるでしょう。

あるいは、異次元の世界や
異色な世界であっても、躊躇することなく
臨むことが可能になるでしょう。

では、人生において持たないとは、
どのようなことでしょうか?

人を、地位や財産で見ない。
経験を積むことを目指さない。
機会を設けることをしない。
惜しいとか、悔しいとか、物事に執着しない。
愛おしむ、大切にするなど、こだわらない。

2016年9月26日 (月)

フロント・ビューアー(2248)

今から、これから、ここからのことを
一生懸命考える人達です。

今から行えることは、何か?
それは、意義深いものか?

これから成し遂げようとすることを
どのようにしたら達成できるか?

ここから始まる物語は、何か?
それは、わくわくするものか?

解は、行動を通じて見出していきます。
決して、座って結論は出しません。

過去や経験、人の見方は前提にしません。
可能性を感じるかどうかです。

今から、これから、ここからのことのために
必要な情報を必死になって収集します。

自分の目で見、自分の耳で聞き、
自分の五感で体験します。

その中から、自分の確信を築いていきます。
確信に基づき、可能性を切り開きます。

可能性は、あるものだと考えません。
可能性は、開拓するものだと考えます。

2016年9月25日 (日)

バック・レビュー(2247)

バック・レビューの人達がいます。
彼らは決して、後ろ向きではありません。
でも、事業に欠かすことができないとも
言い切れません。

彼らは、事業に忠実であり、
仕事に熱心な人達です。

したがって、事業においては、
彼らの頑張りなしでは成り立ちません。

とは言っても、彼らの代わりが全く
居ない訳でもありません。

彼らは、経験に基づき行動しようとし、
過去に成し遂げた範囲内で見ようとします。

将来は、過去の延長線上にあり、
可能性は、過去の実績のうちにあります。

経験のなかで可能性を見出し、
できると思えることを推し量ります。

彼らには、”冒険”とか、”挑戦”とか
いう言葉は、見当たりません。

むしろ、”堅実”とか、”確実”とかが
相応しい言葉になります。

2016年9月24日 (土)

自分を理解する(2246)

自分を理解するとは、どういうことでしょう?

それは、自分を評価することでもあります。

では、自分を何でもって、どう評価するのか?

①「私は、~を目指した!」という
意思の尊さで評価することもあるでしょう。

②「私は、・・・と忙しい!」という
置かれた状態で評価することもあるでしょう。

③「私は、…の人達に、~を求められている!」
という、存在価値で評価するかもしれません。

①は、自惚れです。
②は、自重心です。
③は、自負心です。

自分を理解するものは、自分の行動です。
死人のできないものが、行動です。
その行動で記述したものが、自分の理解です。

2016年9月23日 (金)

自分を変える(2245)

自分を変えることは、自分でしかできません。
当たり前のことですが、自分で行うことです。

そこに介在する者は、お節介者だと言われます。
あるいは、人権を侵害する迫害者と言われます。

人は、それを手助けすることはできますが、
変える道筋を案内することは、特別な場合です。

変える手助けを行う人は、意思であったり、
看護師であったり、教師であったり、
心理療法士であったりします。

彼らは、国家資格であり、有料です。

無料で受けられるのは、家族であったり、
友人であったりです。

そこに、知人が入ってきたときは要注意です。
知人は、諭したり、誘導したりしますが、
あくまでも、言動に責任はありません。
お金をいただかないから、責任がありません。

自分を変えようとしても、
どのように変えるのかの障壁にぶつかるのが
常ですし、ここで挫折するのが多くです。

2016年9月22日 (木)

食べる楽しさ(2244)

食べる楽しさを堪能していますと、
次に食べる楽しみを探してしまいます。

食べたときの味わいが嬉しく
次の食事が待ち遠しくなります。

食感の心地よさを味わってばかりいたら、
生活習慣病が近づいて来ることでしょう。

そこで、食感を楽しむことを
レシピや他店との味わい比較など
知的生産活動に置き換えていくべきでしょう。

しかし、そこで得られる満足は、
味わいの快に比べたら、抽象的で
活動の難易度が非常に高くなります。

必要性や意義目的で動機付けても
継続性に困難さがついて回るため、
挫折や回避行動が現れやすいです。

この質的飛躍は、能力であり、
人柄であり、区別し難いところですが、
働く場では非常に重要になってきます。

2016年9月21日 (水)

お客さんは、文句を言います。(2244)

お客さんは、文句を言います。

大切なお金を払っていますので、
約束した品が提供されないときは、
文句を言います。

至極、当たり前のことです。
約束を守らない者が悪いのです。

しかし、文句を言わない人達もいます。

提供されたものに満足しなくても、
仮説を立てていたことが実証されたり、
想定していたことをはるかに超えて、
新たな発見があったときです。

そのような人達は、
そこで発見し、得られたことの価値が、
支払った代金以上を想像以上に超えている
ことに驚いているのです。

得をしたというよりは、
このような情報をこんなことで得ても
よいものかと驚きを禁じ得ません。

2016年9月20日 (火)

お客さんにならない人(2242)

このお店の味はどのようにこしらえているか?
この場面の構成は、どんな意図なのか?
お客様に選んでいただく商品展示の工夫は?
投球の意図と打者の読みはどのようだったか?
高速道路を設計する規格はどのようなものか?

このように、お金を払いながら疑問を持って、
情報を集めるお客さんにならない人は、
働くときにも経営者の意図や狙い、
さらには経営戦略を掴もうとします。

自分の目の前を通り過ぎていく
一見とるにたらないことにでも、
鵜の目鷹の目となって、
深層、真相を捉まえようとします。

このような者は、経営者にとって、
貴重な参謀となっていくことでしょう。

2016年9月19日 (月)

お客さんにならない(2241)

ラーメン屋に入ると、ラーメンをかけこむ。
映画館に入ると、上映映画に感動する。
デパートに行けば、洋服に目移りする。
プロ野球を見れば、一投一打に歓喜する。
高速道路を走行すれば、爽快な気分になる。

それらは、お客さんそのものです。
提供者は、そのお客さんを見て、
提供して良かったと喜ぶことでしょう。

お客さんは、その一時を満足して帰ります。
それは、単純な消費行動で、何も残りません。

経験といっても、そのように過ごしただけで、
経験が何かに活かされることはありません。

経験を得るには、お客さんにならないことです。
何を経験したかを、第三者に語れることです。

このお店の味はどのようにこしらえているか?
この場面の構成は、どんな意図なのか?
お客様に選んでいただく商品展示の工夫は?
投球の意図と打者の読みはどのようだったか?
高速道路を設計する規格はどのようなものか?

それらを解きほぐし、説明することが必要。
できれが、その質の良し悪しを論述できれば、
一層良いでしょう。

2016年9月18日 (日)

お客さんにしない(2240)

ラーメン屋に入ると、ラーメンをかけこむ。
映画館に入ると、上映映画に感動する。
デパートに行けば、洋服に目移りする。
プロ野球を見れば、一投一打に歓喜する。
高速道路を走行すれば、爽快な気分になる。

それらは、皆お客さんの姿です。
提供される者として、提供されるものを
そのままに堪能し、享受し、一時を過ごす。

従業員をそのようなお客さんにしてはダメです。
従業員は、提供される者ではありません。
従業員は、お代を支払ってはいません。

お代を支払うのは、会社です。
提供される者は、会社です。
会社が、お客さんです。

従業員は、会社に仕事を提供する者です。
仕事の提供でもって、そのお代を頂戴します。

ここを、ちゃんとわきまえましょう。

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